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金沢地方裁判所 昭和44年(ワ)12号 判決

原告 充井芳祐

右訴訟代理人弁護士 梨木作次郎

同 吉田隆行

同 八十島幹二

同 菅野昭夫

被告 株式会社本建設

右代表者代表取締役 本由雄

右訴訟代理人弁護士 岩上勇二

主文

当裁判所が昭和四三年(手ワ)第一七七号約束手形金事件について昭和四四年一月一六日になした手形判決を認可する。

本件異議申立後の訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨(被告は原告に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四三年四月三〇日以降支払済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする)の判決を求め、請求の原因として、

一、被告は左記の約束手形一通(以下本件手形という)を振出し、原告は受取人訴外坂田高利より右手形の裏書を受け、現に所持している。

金額   金五〇万円

満期   昭和四三年四月三〇日

支払地  石川県能美郡辰口町

支払場所 鶴来信用金庫辰口支店

振出日  昭和四三年二月一二日

受取人  訴外坂田高利

二、そしてこれを支払期日に支払場所に呈示したが支払を拒絶された。

三、よって、原告は被告に対し右手形金五〇万円およびこれに対する支払期日である昭和四三年四月三〇日以降支払済まで手形法所定の年六分の割合による利息の支払いを求める。

と述べ

被告主張の抗弁事実はすべて否認すると答え(た。)立証≪省略≫

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、答弁として請求原因第一項は否認する、被告の意思にもとずく交付ではないから、振出行為があったとはいえない、同第二項は認めると述べ、

抗弁として、

(一)  錯誤による無効の抗弁について

被告が訴外坂田高利に対し、工事前渡金の支払のために、裏書禁止文句を記載してある約束手形(乙第二号証)を交付すべきところ、被告会社代表者の使者である妻訴外本静が誤って本件手形(甲第一号証)を右坂田に交付したものである。即ち振出行為に錯誤があったから無効であり、そして右無効は手形上のすべての権利者に対抗できる物的抗弁である。

(二)  悪意の抗弁(一)について

本件手形は被告が訴外坂田高利に対し同人との工事下請契約の前渡金支払いのために交付されたが、工事を契約通り履行していないため、右坂田において被告に対し直接支払いを求めればその支払いを拒絶されるから、これを避け右抗弁を切断するため原告と通謀のうえ、本件手形を原告に割引のため裏書したものである。よって原告は本件手形の悪意の取得者である。

(三)  悪意の抗弁(二)について

本件手形は右(二)記載のとおり工事代金の支払いのために交付されたが、工事代金はすでに支払いずみで残存債務はない。

原告は右事情を承知のうえ本件手形を取得した悪意の取得者である。

(四)  仮装裏書の抗弁について

本件手形の訴外坂田から原告宛の裏書は実際は割引ではなく、手形金請求のための仮装の裏書であるから、右裏書は無効であって、原告は本件手形上の権利を取得していない。

と述べ(た。)

立証≪省略≫

理由

一、まず、本件手形の振出の点についてみるに、≪証拠省略≫を総合すると昭和四三年一月七日ころ被告会社が請負っていた三谷川改修工事について訴外坂田高利と工事下請契約を締結し、その工事前渡金として「裏書を禁ずる」旨の記載のある約束手形一通(手形要件の記載は本件手形と同じ)(乙第一号証)を訴外人に交付しておいたところ、同人より右手形の金額の記載が不明確で具合が悪いから別の手形に書き替えてほしい旨申し出られたため、被告会社代表者において、あらたに手形表面上の記載が右と同一の手形(乙第二号証)を作成し、これを翌日、受領にくる右坂田に交付するため自宅机左側抽出に保管し、妻訴外本静に訴外人がきたら右手形を交付するよう指示して外出していたところ、その間来訪した右坂田に対し右静は、かねて被告会社が訴外株式会社柏木旅館に振出したが、後に受戻し、その裏書記載を抹消したうえ、右机の右側抽出に保管してあった本件手形(甲第一号証)を、右指示された手形(乙第二号証)と取違えて交付したことの各事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫よって、右事実からすれば本件手形は被告会社において真正に作成し、一旦流通に置かれたうえ受戻し、なお手形としての効力を有する間に、その意思にもとずき履行補助者から訴外坂田に交付されたものというべく、したがって本件手形の振出行為の成立があったものというべきである。

つぎに右甲第一号証によれば、受取人兼第一裏書人坂田高利から原告宛の裏書(白地)記載があることが認められ、原告が現に本件手形を所持することは原告が甲第一号証を所持することにより明らかである。そして原告が本件手形を支払期日に支払場所に呈示したことは当事者間に争いがない。

二、そこで被告主張の抗弁について順次判断することとする。

(一)  錯誤による無効の抗弁について

本件手形の振出行為があったというべきことは前記のとおりであるが、被告において訴外坂田に対し、裏書禁止手形を交付すべきところ、誤ってその文言の記載のない本件手形を交付したというのであるから、その手形法上の効力の差異からすれば、右振出行為に要素の錯誤があったものというべきである。しかしながら、その流通の安全、円滑を本質とし、したがって、表見的事実に信頼した第三者の保護を重視する手形行為については意思主義に立脚する民法の錯誤に関する規定はそのままでは適用なく、その無効も善意の第三者に対してはこれを対抗できず、単に悪意の取得者に対する人的抗弁として主張できるにとどまるものと解するのが相当である。ところで、本件についてこれをみるに、原告が本件手形の取得に際し、右事実に関し悪意であることを認めるに足りる証拠はない。よって結局右主張は採用できない。

(二)  悪意の抗弁(一)について

被告会社代表者の供述(第一、二回)、とくにその第二回目の供述における「原告は『坂田が手形を割引いてくれと来たが割れないとはねた、二・三日して坂田が名義を貸してくれといって来た』といっていました」旨の供述部分は原告の悪意の点に関する被告の主張に副うものであるが、(1)右供述部分は悪意の抗弁の成立について決定的に重要な事実つまり原告にとって極めて不利な事実であると解されるのに、この点について右代表者の第一回目の供述には右供述がなされず、却って「(原告に対し)割引料はいくらであったか尋ねたが、いってくれなかったので本当に割引いてやったものではないと思いました」旨述べられているにとどまり、また相矛盾していること、(2)≪証拠省略≫によれば、被告会社代表者は右尋問期日当時原告がすでに死亡していたことを知っていたことが認められる。即ち、被告会社代表者の右供述部分は直接の反証が最早不可能な時点でなされていることなどそれ自体において信用性に疑点があるし、一方(1)右代表者の尋問(第一回)における「坂田に頼まれ金を貸したので、手形金を払ってくれ」と原告から申し出を受けた旨の供述部分(2)≪証拠省略≫を合せて考えれば、結局主張に副う被告会社代表者の供述部分は信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。よって原告の悪意の点についての立証がないからその余の点をみるまでもなく、被告の右主張は採用できない。

(三)  悪意の抗弁(二)について

原告が本件手形取得の際、被告主張の点について悪意であったことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点をみるまでもなく、右主張は採用できない。

(四)  仮装裏書の抗弁について

前記(二)について述べたと同様の理由により右主張に副う被告会社代表者の供述(第一、二回)は信用できないし、他に右主張を認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用できない。

三、よって原告の請求は理由があり、当裁判所が昭和四三年(手ワ)第一七七号事件について昭和四四年一月一六日になした手形判決と符合するので、民訴法四五七条一項によりこれを認可し、本件異議申立後の訴訟費用の負担について同法四五八条一項、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林輝)

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